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2018-09-09(Sun)

プレイステーション3について

PS

こんにちは。
今回はプレイステーション3について記載していきたいと思います。
プレステ3は持ってはいたのですがあまりプレイする機会がなく
勿体ないことをしたかなと思っています。


プレイステーション3とは
PlayStation 3(略称: PS3)は、発売元はソニー・インタラクティブエンタテインメントから2006年11月11日に発売された家庭用ゲーム機です。
かつてはすべて大文字のPLAYSTATION 3という名称でした。


その存在が公となったのは、2005年5月16日にアメリカ・カリフォルニア州で催されたコンピューターゲームの見本市であるElectronic Entertainment Expo(E3)でした。
この時は試作品としての公開でしたが、筐体は後に発売された製品とほぼ差異がなく、違いといえば外部接続の端子類のみといった細かなものでした。
ゲームコントローラは柄が長いものが公開されたが、製品に付属されたのは従来のDUALSHOCKのデザインを踏襲したものとなりました。

その後の2006年5月に開催されたE3にて正式なデザイン、スペックと価格が発表されるとともに、発売日が11月中旬(日本では11日、欧米では17日)へと延期されると発表されました。
発売されるモデルはHDD容量が20GBと60GBのふたつであり、両者にはHDDの容量以外にも細かな違いがありました。
また、スペックについて当初は20GBモデルにHDMI端子は非搭載とされていましたが、HDMI端子を搭載したテレビの急速な普及を受け急遽搭載することとなったそうです。

価格は20GBモデルが日本6万2790円、北米499ドル、欧州499ユーロ
60GBモデルがオープン価格、599ドル、599ユーロといったものでした。
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2018-01-22(Mon)

PlayStation2について

PS





こんにちは。
今回はPlayStation2について記載していきたいと思います。
私はなんだかんだでプレステ2で遊んでいた時間が一番長い記憶があります。
PS1のソフトが遊べたのも大きな要因だったんじゃないかと思います。


プレイステーション2とは
PlayStation2(PS2)は、PlayStationの後継機としてソニー・コンピュータエンタテインメント(SEC)から発売された家庭用ゲーム機です。

当時人気となっていたPlayStationの次世代機として開発されました。
日本では2000年の3月に発売が開始され、わずか3日で98万台という台数を販売しました。
翌年の2001年の10月には全世界での出荷台数が2000万台を突破、全世界で出荷1億台という記録をだしたのはわずか4年後のことでした。
なお、このPS2は兵器転用の恐れがあるとして輸出規制の対象となり話題になりました。(PS2より後に出たゲーム機に関してこの話は聞かないので基準はよく分かりません)

また、一般ユーザーの間ではPlayStationと同様、プレステ2などと呼ばれますが、販売元のSECではCMや宣伝文などではPS2という表記を貫いています。
また、ソフトの入っているケースは大きめのDVDケースのような形状で、PlayStation2のマークが上部に入っています。


2018-01-15(Mon)

PSの販売戦略について2

PS




こんにちは。
今回も引き続きPSの販売戦略などについて記載したいと思います。


3D化により、従来のゲームよりもリアルな表現が可能になりました。
子供のおもちゃというイメージを持っていたためにゲームから離れていた青年や中年層の支持を得ることにも成功しました。

テレビCMの冒頭や最後にプレイステーションのCMであることを示すロゴを採用していたり、
ユニークだと定評のあったキャッチフレーズを活用したり、CM内ではマスコットキャラクターも使用していた。

また1997年のいわゆるクリスマス商戦の時期には、多数のゲームソフトの体験版が収録された体験版(二種類)を100万枚も無料配布するなど派手な広告展開を行いました。

プレイステーションの絶頂期は1996年から1999年の約三年間だったと言われます。
その中でも特に1997年に『FFVII』が発売されたことが大きく貢献しました。
発売により日本でのPS本体の出荷台数が1月時点で500万台を突破しました。
年末までには更に500万台を出荷して1年で1000万台を達成しました。
その後、ソフトにおいてもさまざまなゲームでミリオンセラーを続発しました。
さらにSCEのソフトではグランツーリスモやみんなのGOLFなどといったダブルミリオンを達成するソフトも現れました。

2018-01-12(Fri)

PSの販売戦略について

PS




こんにちは。
今回はPSの販売戦略について記載したいと思います。



PSの販売戦略とは
同時期に発売された他社のゲーム機(特にセガサターン)と販売競争が繰り広げられました。
熾烈になっていく販売台数の争いや値下げ競争は「次世代ゲーム機戦争」などと呼ばれました。

発売時のPSの希望小売価格は39,800円でしたが、段階的に値下げをしていき最終的に15,000円まで下がりました。
この値下げは開発者の戦略で、将来技術の進歩により安価な値段で代替できるパーツが生まれることを前提にして設計していたことによるようです。

また、PSは実際にバージョンを重ねることに部品の点数が削減されています。
ただし、親会社であるソニーはこの値下げには大反対であったといわれています。

また、スーパーファミコン時代にはソフトの値段が一本1万円近くまで高騰していました。
PSはソフトの価格に関しても、CD-ROM採用によるソフト生産のコストダウンや前回の記事で紹介した流通改革などを行い
価格を下げてソフトを購入しやすくしました。

また、「PlayStation the Best」など廉価版として再発売するソフトや新作ソフトでありながら1,980円といった低価格のソフト、
1,500円のSIMPLE1500などのシリーズが誕生しました。
その中でもSIMPLE1500シリーズは104タイトルを売り出しており、大人気シリーズとなりました。
2018-01-10(Wed)

PSでの流通改革について

PS



こんにちは。
本日はPSでの流通改革について記載します。


流通改革
従来ゲーム機のソフトで使用されていたマスクROMというものはリピート生産に時間がかかるため、初回の販売で品切れによる販売チャンスの消失を防ごうと見込みで発注を行っている問屋がほとんどでした。
この見込み発注に失敗し売れなかったソフトがあると過剰在庫となり、投げ売りされたり、いわゆる抱き合わせ商法で人気のソフトとともにセットで販売される原因となっていた。

このことに着目したSCEは自らが直接小売店と取引をするという問屋の機能を担い、初回生産を適切に行うことや小まめで迅速なリピート生産によるソフトの安定的な供給路線を進めた。
また、CD-ROMの生産は設立母体であるソニー・ミュージックエンタテインメントのCD工場で行い、たとえ追加生産が必要な場合でも最長で6日というスピードで小売店にソフトが届くしくみを築いた。

また、現在でも問題になっている利益が製作者に還元されない中古市場の対策として、発売から一定期間が経過したソフトの廉価版をリリースしている。
この改革は、CD-ROMというリピート生産が容易だったり低コストで生産できるというメリットを最大限に活かしたものでした。
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